2015年北海道旅行1

8月4日(火)
 この日は研修会が午後からあった。終了宣言が出されるや否や、会場から大急ぎで帰宅した。途中板橋駅で残りの切符を購入したため、自宅に到着したのは17時を過ぎてしまった。
 シャワーを浴びた後、石北線の状況をネットで確認したが、特急と特別快速の運休、代行バスの本数は変わりなかった。
 17時42分に家を出た後、予定通り板橋17時55分発の埼京線の普通列車に乗車した。会社員の帰宅時間と重なっていたため、列車は混んでいた。赤羽での降車客が多かったら、そのまま乗り通そうと思ったが、赤羽からの乗車客が多かったので、これまた予定通り、赤羽で湘南新宿ラインに乗り換えることにした。18時5分発の列車に乗ったが、埼京線ほどではないものの、こちらもやはり混んでいた。
 大宮の新幹線の自動改札ではトクだ値の切符だけでは乗れなかった。板橋から大宮までの乗車券と一緒に通さねばならず、そちらは回収されてしまった。新幹線改札内の売店でチキン弁当(850円)とビールを買い、列車を待った。
 はやぶさ31号は、18時46分定刻に大宮を出発した。9号グリーン車の乗車率は4,5割だった。盛岡での降車により3割ほどに減った。こまちとの分割作業のため、停車時間があったので、ホームに降りて列車を撮影した。八戸でも降車が多く、2割ほどに。新青森到着の時点では10人を切っていた。
 新青森でトクだ値のきっぷをもらおうとしたが、新幹線と在来線の乗り換えの改札口が混んでいたため、まず外に出る改札口からいったん出て、改めて在来線の改札口から入った。在来線のホームにはすでに21時46分発の列車が停まっていた。4(5?)両編成だったが、座席がほぼ埋まるほどの乗客の多さだった。なぜか2分ほど遅れての発車となった。
 青森に到着すると、入線しているはずのはまなすの姿が見えなかった。遅れているのかなと思ったら、その通りだった。津軽線の蓬田駅での人身事故のためだった。しかたなく酒を買ったりして時間をつぶした。結局入線は21時19分だった。若者はもちろんのこと、子どもやお年寄りも多かった。時間がなく、自分が乗る寝台車しか乗車状況はわからなかったが、寝台車には子どもや年配者が多かった。牽引車は立ち入り禁止ゾーンにかかっていたため、撮影できなかった。
 22時33分、定刻よりも15分遅れて出発となった。石北線に続いてまたか、と思ったが、動いただけましというものだろう。記憶が正しければ、5年ぶりの乗車だから。いつものように携帯電話に記録をしていたが、せっかく持ってきたパソコンでここまでのことを記録した。
 23時39分、ねぶたまつりのため、蟹田に臨時停車した。ホームに降りての撮影の準備をしたが、私の乗った2号車はホームから外れていたため、扉が開かなかった。

8月5日(水)
 五稜郭通過時に目が覚めたので、函館でホームに降りることにした。1時20分に到着した。ここまでの牽引車の切り離しの撮影はできたが、その後すぐの発車となったため、ここからの牽引車の撮影はできなかった。函館での下車客は大量にいたが、座席者に乗っていた人たちばかりだった。1時24分、定刻より1分遅れでの発車となった。
 その後、なかなか寝付けなかった。4時過ぎには目を覚ましてしまった。5時過ぎに車内放送が始まったが、定刻通り運転とのことだった。東室蘭、南千歳で私のコンパートメントの乗客は降りてしまった。南千歳到着直前に洗顔、 トイレを済ませた。
 札幌には定刻に到着した。下車後、私の乗った2号車に近い、最後尾の1号車から撮影していった。この時の編成は、寝台車を1両増結していたので、全11両だった。牽引車も撮影したかったが、ホームの端ギリギリに停車していたため、正面からはできなかった。
 ひとしきりはまなすを撮影した後、改札を出て、石北線の状況を確認した。状況に変化はなく、この分では明後日の予定を大幅に変えなくてはならなくなりそうだった。

以下、次回へ。
 

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